​開業までの道のり

病気編

岐阜大学工学部を卒業後、大手製造メーカーに勤める。

順調な社会人生活のスタートかと思いきや、1ヶ月も経たずに体調を崩し入院。その後、難病を宣告され長期間の投薬や通院が必要となる。なんとか仕事に復帰するも、体調を崩し入退院を繰り返す。

治療に専念するために会社を辞める決意をする。

結局ここから2年間は働くことができなかった。1ヶ月以上の絶食、半年間の入院、生死をさまようような症状、数々の検査や治療を経験した。この2年間は良くも悪くもこの先の人生に大きく影響を与える事になる。肉体的にも精神的にも強くなるために、体調が良いときは身体や病気、心理学や精神論について学んだ。小説を読んだり作成したりもした。

この2年が良かったのか悪かったのか今でも分からない。自分では悲観も楽観もしないようにしている。多くの事ができなくなったが、代わりに多くの経験ができたのも事実である。そしてこの2年が無ければ開業もしていないだろうし、あなたと出会うことも無かったでしょう。きっと何かしらの意味があったのだと思う。

 

リラクゼーション編(1つ目の店)

2年が経ちようやく働けるようになったので、塾講師に挑戦したが続かず、その後に出会ったのがリラクゼーションセラピストであった。

はじめは健康や身体の事に興味があったのと、個人事業主なので時間に融通が利きやすいという安易な理由で始めた。会社員にトラウマもあった。身体に合わなければすぐに辞めるつもりだった。

研修に参加すると思ったよりも楽しかった。元々運動神経は良い方で手先も器用で、もみほぐしのセンスも良かったみたい。上達が早かったことも楽しかった理由の1つだろう。オープニングメンバーだったので研修生みんなで一丸となれたのも楽しかった。

研修は問題なく終わり、店も無事にオープンした。セラピストの仕事は直接お客様の反応が見られるのでやりがいがある。1対1なので責任はあるが喜んでもらえたら嬉しい。2年間働けなかったので尚更最初は達成感があった。

しばらく働いていると指名も頂けるようになった。自信がつくしモチベーションも上がる。自分の実力を測ることもできる。指名が増えてくると欲も出てきた。さらに実力を上げるために、様々な研修会に参加したり資格もたくさん取った。1つ目の店では6年半くらい続ける事ができた。多くの出会いもあった。

 

みらく編(2つ目の店)

1つ目の店で知り合った人の紹介で、全身もみほぐし『みらく』の店長として新たに働くことにした。

​オープニングから4年間働くことになる。個人店の難しさ、経営、セラピスト管理、など様々な事を学ばせてもらった。同時に自分もオーナーとして経営してみたい気持ちも増幅していった。

​4年間の半分以上はコロナ禍での営業となった。大変なことも多かったが続けることができた。それは自信にも繋がった。

そしてオーナーの理解もあり独立することになった。

 

楽々の身開業編(3つ目の店)

2022年4月1日のオープンに向けて準備していた。

しかし、その2週間前に階段で足を滑らせて腕を骨折してしまった。入院して手術もした。痛みが治まってきたので、パソコン作業ができるようになったので片手でキーボードをたたく。片腕はギブスを付けたままである。4月1日のオープンには間に合わず、みらくの最後の仕事もできなくなった。できないことがたくさん出てきたが、その代わりにできることも出てきた。悲観も楽観もしていない。精神は安定している。20代前半の病気の経験が無ければメンタルはとっくに崩壊していたかもしれない。LiSA「紅蓮華」の歌詞が頭によぎる。『強くなれる理由を知った。・・・』もしかして自分はリアル炭治郎なのか・・・確かに周りには支えてくれる人もいる。

 

辛い経験もしてきましたが、だからこそ寄り添える時もあると思うのです。自分にしか癒やせない人もいると思うのです。すでに会っている人、まだ会っていない人、きっと待っている人がこの世界にはたくさんいると思うのです。

オープン日は未定ですができることは着々と準備しております。近々リハビリも開始できると思います。

ご心配、ご迷惑お掛け致しますが、気長にお待ち頂ければ幸いです。一回り成長して帰ってきます。

​ここまで読んで頂きありがとうございます。気になることがあればお気軽お尋ね下さいね。

2022年3月26日 

楽々の身オーナーセラピスト川島

(片腕にて執筆)